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うまく飲み込めない辛さ

嚥下について

私の主人は数年前、食道に腫瘍が見つかり、手術を受けました。

無事に手術は成功し、退院後も大きな合併症もなく、ゆっくりと回復していきました。

手術後しばらくは、食べられるものの制限もありましたが、時間とともに食事も普通に近い形に戻ってきて、私たちは「もう大丈夫なんだ」と思っていました。

ところが最近になって、主人が「うまく飲み込めない」と言うようになりました。

最初は疲れているせいかな、年齢的なものもあるのかな、そんなふうに軽く考えていました。

でも、何度か食事中にむせたり、食べ物が喉に詰まりそうになったりする様子を見て、これは見過ごしてはいけない、と強く感じるようになったのです。

それ以来、食事を作ることが以前よりずっと難しくなりました。

硬すぎると喉を通らないし、柔らかすぎると飲み込みづらい。

一品ずつ、慎重に考えながら準備する日々が続いています。

栄養バランスも考えなければならないし、食事の時間は「楽しみ」であると同時に、「慎重さ」と「緊張感」を伴う時間にもなっています。

食べることは生きること。

だから、少しでも「美味しいね」と言いながら食事ができる時間を取り戻したい。

でも現実は、どんなメニューが良いのか、どう作れば飲み込みやすいのか、悩んでばかりです。

毎日の献立を考えること、食べる本人の体調や気持ちに寄り添うこと、それらがこんなにも難しいものだったのかと、改めて痛感しています。

このブログでは、主人との日々の食事づくりを通して感じたこと、工夫していること、失敗したことも含めて、ありのままを綴っていきたいと思っています。

専門家ではないので、医学的なアドバイスはできません。

ただ、同じように誰かの食事を支えようと頑張っている方に、「ひとりじゃないよ」と伝えたくて、こうして言葉を紡いでいます。

たとえば、最近気をつけているのは、食材の「まとまりやすさ」。

飲み込むときにバラバラになりにくいものを選んだり、片栗粉で軽くとろみをつけたりしています。

汁物も、サラサラしすぎているとむせやすいので、ほんの少しだけとろみをつけるだけで安心感が違います。

ひとつひとつの工夫は小さいけれど、積み重ねることで少しずつ主人の表情が柔らかくなるのを見ると、やってよかったと思えるのです。

それでも、思うようにいかない日もあります。

せっかく作ったのに、数口で食べるのをやめてしまったり、途中で喉がつかえてしまったり。

そんなときは、つい落ち込んでしまう自分がいます。

「どうしてうまくできなかったんだろう」と自分を責める気持ちも湧いてきます。

けれど、そんなときこそ、無理に笑わず、ありのままの気持ちを認めてあげたい。

うまくいかない日があってもいい、また次の日にできることを考えよう、そんなふうに思えるようになりたいと願っています。

このブログには、レシピも載せるかもしれませんし、うまくいかなかった日の日記を書くかもしれません。

どんな形になるかは、私自身もまだわかりません。

でも、どこかで同じように、食事づくりに悩みながら、誰かを支えている方がいたら。

「一緒にがんばろうね」と、静かにエールを送りあえる場所になったらいいなと思っています。

完璧じゃなくてもいい。

失敗してもいい。

大切なのは、あきらめないこと。

今日より明日、ほんの少しでもいいから、笑顔の時間を増やしていけたら、それでいいんだと思います。

こんな私の、ささやかな日常ですが、よかったらまたのぞきに来てくださいね。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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